『アー・ユー・ヒア』はオーウェンの才能が遺憾なく発揮された映画です。他の俳優だったら全然違うストーリーになったのではないかと思うほど、この作品にはオーウェンの個性が散りばめられています。
Photo by ©Gilbert Films
・公開:2013年
・時間︰114分
・出演:オーウェン・ウィルソン、ザック・ガリフィアナキス、ローラ・ラムジー、エイミー・ポーラー、他
・ジャンル:なし(ロマンス、サスペンス、ドラマの融合)
俳優には大きく分けて2つのタイプがいます。
1.脚本に書かれた役に完全になりきる投入型
2.役を自分の性質に合わせて変えていくアドリブ型
投入型は極めるとカメレオン俳優になりますね。同じ俳優と分からないほど雰囲気がガラリと変わります。完全に自分の性格を消して演じられるのが特徴です。
対するアドリブ型は反対に、役の性質よりも俳優本人の性格が色濃く出ます。撮影しながらストーリーがどんどん変わっていって、「予定とは全然違う映画になる」こともしょっちゅう。演じる人の性格に左右されるので、役者のバランス感覚やセンスが問われますね。
オーウェンは演じる役を自分に合わせていくアドリブ型で真価を発揮するタイプです。もともと脚本家だったこともあって、そのセンスは抜群!
このブログの読者なら、オーウェンらしさをご存じだと思いますが、ここでもう一度簡単にご紹介しましょう。
・人懐っこい明るさ
・恋愛観がとても真面目
・優しすぎて利用されることも多い
・純真すぎて世の中の汚れたものに耐えられない
彼は常にこれらの性質を活かして、演じる役柄にブレンドします。逆にオーウェンの性格が反映されていない時は、映画の印象もイマイチ・・・。
スティーブ役にはオーウェンらしいエッセンスが凝縮されていて、彼の名演の1つです。
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🌿あらゆるバランス感覚を要求される役🌿
Photo by ©Gilbert Films
主人公のスティーブは演じるのがとても難しい役柄。押さえなければならないポイントがいくつもあります。
全体的に静かなトーンで進んでいくストーリー。多くの含みを持つミステリアスな映画ですから、ヒートアップしては雰囲気が壊れてしまいます。かといって、控えめすぎるのも問題。スティーブは感情がフルに働いている人物ですから、激怒するシーンもあるし、深い悲しみや初々しい恋心を表現する場面も出てきます。
感情をむき出しにすることなく、それでいてスティーブの内面をすべて観客に伝える。これは至難の業です。
しかし、さすがはオーウェン! 難関をあっさりクリアし、苦悩を内に秘めた男性を見事に演じています。
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悲しみと怒り
Photo by ©Gilbert Films
スティーブ役の難しさが凝縮されたのが、アンジェラとベンに怒りをぶつけるシーン。一歩間違うと騒ぎ過ぎて映画のトーンを台無しにするし、逆に抑制し過ぎて淡白になる危険もあります。
オーウェンは完璧! 理性を失うことなく、表情と声音だけで怒りと心の痛みを表現しています。いっぽうで気持ちのやり場がなくてテーブルをひっくり返す仕草はリアルで、とてもショッキング。
何度観ても感銘を受けます。
愛と優しさ
Photo by ©Gilbert Films
アンジェラの罪を赦し、彼女の改心を信じて会いにいくラストもオーウェンの微妙な表情が活きています。スティーブの感情が、単なる恋心を超えた宇宙規模の大きな愛であることがよく伝わってくる演技。温かさを感じますね。
この場面については↓こちらの記事で詳しく解説したので、併せてどうぞ。
心を病んだ人物であってもだらしなく見えてはいけない
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もう1つこの役で難しいのは、心を病んだ人物でありながら頼もしい雰囲気も必要なところ。
冒頭で女たちと食事をしているシーンで退廃的に見えてはアウトです。明るく振る舞いつつ心に闇を抱えていて、荒れた生活がスクリーンに映し出されてもだらしなく見えてはいけない。
しかし、これもオーウェンの手にかかれば簡単そのもの。外部の抑圧に蝕まれて不幸な生活を強いられる男を描き出すのに難なく成功しました。
内心ではデートを嫌がる様子を巧みに表現
Photo by ©Gilbert Films
この映画はスティーブが女性とディナーをとっているところから始まります。数日分の様子が描かれているので、そばに座っている女性は都度変わり、スティーブが多くのデートをしていることが示されていますね。
一歩間違うとだらしない印象にもなりかねないオープニングですが、オーウェンはここもうまく演じました。明るくおしゃべりしながらも、口調と裏腹にどこか娼婦を迷惑に感じている雰囲気。この感じは普通に演じていてもなかなか伝わらないんですよね・・・。
オーウェン自身が非常にまじめな恋愛観を持っているからこそできた表現だと思います。
実は娼婦を呼んでいない?!
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ところで、スティーブは娼婦を自分から呼んでいるわけではなさそう。女が勝手に押しかけているんです。それが分かるのは終盤近く。
電話:新着メッセージが1件あります。
女の声:ハーイ!今夜のデート相手はカーラって子よ。赤毛で小柄な女の子。きれいな赤毛でね、ニコール・キッドマン似。常連客も多い人気者なんだから!
この留守電が流れる間、スティーブはいっさい無視し、ひとり分だけお酒を注いでタバコに火をつけます。デート相手を待っているならグラスを2つ出すはず、ですよね?
スティーブが「娼婦を押しつけられていた」根拠に思えますが、このあたりにもオーウェン本人の倫理観が作用していそうです。
ヴィクトリアを撃退!
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これもオーウェンの倫理観から滲み出た雰囲気。
スティーブとヴィクトリアが同じ部屋にいるシーンが出てきます。ここは実にきわどい状況ですが、不思議なことに「2人が関係を持たないまま終わった」印象なんですよね。
服を脱いだスティーブがベッドに横になっていて、ヴィクトリアはバスルームから出てくると「ホワイトニングないの?」と聞いて帰り支度を始めます。
スティーブが何か得意そうな表情をしているのが印象的。ヴィクトリアを追い払うためにホワイトニングを隠したのではないか?と思いたくなりますね。
他の映画でもそうですが、脚本ではプレイボーイに描かれていてもオーウェンが演じると【必ず】真面目な人物像に切り替わるんです。
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献身的な友情
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スティーブが親友のベンをサポートする様子は、驚くほど献身的。オーウェンの優しすぎる性格がそのまま出ています。
・働こうとしないベンを養う
・ベンに呼ばれたら、昼夜問わず駆けつける
・ベンが遠方に行く用事があったら、必ず送迎する
・ベンが極度にワガママを言う時は叱り、悩んでいる時は元気づけて精神面もケアする
いくら親友だからといって、普通はここまでは尽くしません。映画の中盤では、アンジェラも「いくら親友でもあなたが責任を取る必要はない」と指摘しています。しかしスティーブの答えは「友情には何の見返りもない」。
本当に優しいですよね!
裏切られても、なお愛する心
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鈍感なベンと軽はずみなアンジェラは一夜を過ごし、スティーブを深く傷つけてしまいます。しかし、スティーブは一度は激怒するも結局は許し、ベンには変わらぬ友情を、アンジェラにはいっそう深い愛を捧げます。
こうした心の広さもオーウェンらしいですね。怒っている時でさえ、態度には愛情が感じられ、アンジェラに対しても「責める」というよりは「叱る」ような雰囲気。ズタズタに傷つきながらも愛情を失っていない様子はオーウェンならではだと思います。
🌿オーウェンらしいからこそ、この映画は面白い!🌿
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演じる役を自分らしく変え、ストーリーにますます魅力を添える才能を持つオーウェン。スティーブ役もご多分に漏れず、オーウェンらしさで彩られています。
ワイナー監督︰私は昔からオーウェンのファンなんだ。彼は自分の性質をうまく活かして演じる。そこがいいんだ。オーウェンは、いつも一見軽々しい役を演じている。でも、その行動の根底にある悩みは? そこをオーウェンは掘り下げて、説得力ある意味をもたせるんだ。
ワイナーはオーウェンの才能を見事に表現していますね。監督はオーウェンを信じて、スティーブ役を完全に任せました。
スティーブを演じる難しさを書いてきましたが、逆に「オーウェンが演じるからこうなった」とも言えます。オーウェンが演じたのでなければ、スティーブもこんなに魅力的ではなかったかもしれません。
つづく➡
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7.スティーブ役に見るオーウェンらしさ(本記事)