『ザ・マイナスマン』ヴァンは犯人ではない?|無実を示す4つの証拠
マイナーなのがもったいない映画もよくあるもの。日本では『クアドロフォニア−多重人格殺人』と呼ばれる映画『ザ・マイナスマン』もその1つ。
そもそも、この映画に関しては邦題がトンチンカンすぎるのがマイナーどまりの原因かもしれません。
視聴者のレビューにはしばしば、「殺人犯が主役のストーリーと思って観たら、肝心の殺人シーンがないのでモヤモヤした」といった意見が書き込まれていますが、それも当然。
なぜなら、オーウェン・ウィルソンが演じる主人公ヴァンは無実だからです。
Photo by ©TSG Pictures
公開:1999年
ジャンル:スリラー
時間:111分
監督:ハンプトン・ファンチャー
出演:オーウェン・ウィルソン、マーセデス・ルール、ブライアン・コックス、他
本記事ではオーウェン演じるヴァンにスポットを当てながら、この映画の面白さをお伝えしましょう。かなりマイナーですが、いろいろ示唆に富んだ深みのある作品ですよ。
↓パッケージで怖がらないようにお願いします。実際は、血が一滴も出てこない映画です。
🍹ヴァンは犯人ではなく罪を着せられた青年🍹
あらすじでも書きましたが、連続殺人の犯人はヴァンではありません。
➡『ザ・マイナスマン』あらすじ
多重人格だなんて、とんでもない!
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ヴァンは自分の周囲であまりに変死が多いことを訝しく思う、【罪を着せられた青年】。
映画の中でのイメージそのまま、優しく頭のいい性格です。
手がかり①:ヴァンのナレーションをよく聞こう
この映画には、たびたび主人公ヴァンのナレーションが挿入されます。ヴァンのひとり語りですから、ここで語る内容は真実を述べていると考えるべきでしょう。
ちゃんとセリフを吟味すれば、ヴァンが無実であることはこのナレーションで分かります。
「僕が殺人を選ぶというより、殺人が僕を選ぶ」
冒頭近く、キャスパー(シェリル・クロウ)が死んだあとに出てくるセリフ。この言葉とあの毒々しいパッケージのせいで、多くが「ヴァンが犯人」と信じて疑わない理由になっています。
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しかし、このセリフの真意はまったく違います。ここでちょっと、英語のほうでセリフを見てみましょう。
“ You don't always choose what you do. Sometimes what you do choose you. ”
(直訳:自分がすることをいつも自分で選ぶとはかぎらない。時々【すること】が自分を選ぶこともある。)
原文には「殺人」という言葉は出てきません。もちろん、他人が変死する事態を指して言っているので、これでも間違いではありませんが、誤解を招く一因にはなっていますね。
もう一度、このシーンのセリフを見てみましょう。
ヴァン:僕は誰のことも傷つけたりしない。彼らは眠っただけだった。でも、誰一人戻って来ない。目を覚ました者は1人もいなかった。あれがもし僕の罪なら、どんな処罰だって受け入れよう。
僕は身に覚えがない。無意識にしたことが人を死なせる…。どう考えても変な話だ。
僕はいつもディテールを疎かにはしない。特に今みたいに大事な時は。
原文をストーリーの流れを考えて、忠実に訳すと、こうなりました。青字のところが字幕で「僕が殺人を選ぶというより、殺人が僕を選ぶ」となっていたセリフです。
どうでしょう? これを読んで、あなたはどんな印象を受けますか?
そう、【罠にはめられた青年】ですね。
ストーリーが動き出してすぐにヴァンがこのナレーションを語ることで、すぐに映画のテーマが分かるようになっているんです。
「ジーンのことで僕はルールを2つ破った」
ジーンの無事を祈る会で、ヴァンは彼の死を知っていることで葛藤します。「自分の車の中でジーンが死んだことを話してしまおうか…」。しかし、彼はいろいろ考えて結局口をつぐんでいることにします。
ここのひとり語りも非常に重要なポイントで、ヴァンが混乱し苦悩しているのが分かる仕組みになっています。
ヴァン:ジーンのことで僕はルールを2つ破った。1つめは「知人に飲み物を渡すな」。2つめは「同じ街に住む人に何もするな」。どうして僕はやっちゃったんだろう…。僕は捕まるのを怖がって逃げてるんじゃない。でも、ルールを破ったのは事実なんだ。いっぺんに2つも…。
今回もセリフそのものには「殺人」の言葉がありませんね。
ここは演じるオーウェンの見事な表情でヴァンの心情が伝わってきます。親しくなりかけた青年が目の前で変死したことを黙っていなければならない辛さ。脚本の曖昧さを演技力で決定づけています。
セリフそのものは2通りの解釈ができますが、全体のストーリーを考えると【ヴァンは自分の仮説が崩れてショックを受けている】と考えるのが妥当でしょう。
最初のナレーションで「ディテールを疎かにしない」と語ったヴァン。【ルール】というのは、殺人の掟ではなくヴァンの調査統計のことだと思われます。
簡潔に言えば、ヴァンは「同じ街の人が変死したことはないから」と安心し、気を緩めていたのです。
手がかり②ヴァンの健康状態
ヴァンの健康状態も彼の無罪を示す根拠の1つ。
全体を通して見ると、ヴァンにはちょっと健康に問題があるのが分かります。
例えば、
・急に意識を失って倒れる
・髪の毛が異常に抜ける
・口が渇く
ヴァンは記憶が切れ切れになっている
映画の中でヴァンは2度気絶し、その他にも記憶がうまく繋がらないことが分かる描写があります。
髪についてはフェリンと雑談している時に「1日に100本くらい抜ける」と漏らし、2人の謎の男から薬を飲むよう強要された時「口が乾いているから薬なんか飲めない」と答えています。
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ヴァンは下宿で食事をとる時、一度なにかを考えながら食べ物を見つめているシーンがありました。
面白いのは、ジーンが亡くなったあとのシーン。画面からヴァンのトラックが遠ざかっていき、途中で道路からトラックが蒸発したように消えてしまいます。
画面を消すのではなく、ヴァンのトラックが道路から消え失せる。この演出はヴァンの記憶がそこで途切れたことを感じさせ、観客へのヒントになっています。
翌朝のシーンも意味深長。ヴァンが部屋の掃除している時、ふと画面が暗くなり気がつくと彼は深い穴にいてシャベルを持っています。これは記憶がない間に穴に連れ込まれ、シャベルを持たされたことを示唆しています。
ヴァンはクリスティーの短編小説のヒューと同じ
彼に起きていることはお分かりですよね? ヴァンは薬物を盛られ、記憶が繋がらないように細工されているのです。
この描写はアガサ・クリスティーの短編集『ヘラクレスの冒険』第8話《クレタ島の雄牛》を思い出しました。
家畜が惨たらしく殺される事件が続出し、心優しい青年ヒューは自分の仕業と思い込んでいますが、殺した記憶はまったくありません。結局ヒューは薬で記憶が飛ぶように細工され、罪を着せられていたことが発覚します。
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言ってみれば、ヴァンは《クレタ島の雄牛》のヒューと同じ状況。ただ、ヒューが自分の仕業と思い込んでいるのに対し、ヴァンは自分を信じて真相を暴こうとしています。
ヴァンに感じる芯の強さは、専らオーウェン本人の性格が滲み出ているようですね。
手がかり③︰銀のボトル
さて、次はいよいよ殺人道具と思われる、あの銀のボトル。キャスパーもジーンもこれに口をつけたあとに亡くなります。
でも、ヴァンがこのボトルに毒を入れたとは考えにくいのです。
なぜかというと、
1.ヴァンは下宿のバスルームでボトルの中身を調理している。
2.毒物らしきものを入れていない。
ジーンとのドライブシーンの前、ヴァンが銀のボトルにアマレットを注ぐシーンがありますが、調理しているのは【下宿のバスルーム】。
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常識で考えて、頭の切れる毒殺犯がバスルームで毒を調合すると思いますか? 万が一、犯罪が明るみに出て毒物が部屋から検出されたらアリバイも崩れてしまいます。
もしヴァンが本当に毒を混ぜるのなら、庭かよそのトイレでやるはず。
そして、ヴァンが混ぜるのはアマレットと何かのスパイス。しかも、このスパイスを毒物とは断定できません。ただのシナモンパウダーにも思えるからです。
ずっと後のシーンで、ヴァンがカフェでこのボトルに触れる時は自分が飲んでいたジュースを注ぎ入れます。
ヴァンは完全無害の飲料を入れて、様子を見ていたのでしょう。
「ボトルに毒が入っているはずはないのに、ボトルから飲んだ者は必ず死ぬ」。これがこの映画の謎です。
手がかり④:オーウェンは殺人鬼を演じたことをすっかり忘れていた
「えっ?」と思うかもしれませんが、これも根拠に入れておきます。
2006年頃のインタビューでオーウェンはロビン・ウィリアムズが殺人犯を演じたことに触れ、「自分はそのような役をしたことがない」という主旨の発言をしました。
インタビュアーが「シリアルキラーなら演じたのでは?」と尋ねると、オーウェンは笑って、こう答えています。
オーウェン:ああ、そうだった。シリアルキラーは演じたんだった、『ザ・マイナスマン』だったね…。あれは僕がオーディションによって勝ち取った唯一の役なんだ。
うまく行ったかどうかはわからないけど、あれは僕の心の根底にあるものをすべて出しきって演じた。自分らしいとは思うよ。
自分で殺人犯の役について触れていながら、インタビュアーに指摘されるまで忘れているので、「オーウェン本人がヴァンを殺人犯とは見ていなかった」ように感じられるんですよね。
🍹まとめ:ヴァンはオーウェンらしい役の1つ🍹
オーウェンの言うとおり、ヴァンはオーウェンらしさが発揮された役柄の1つだと思います。
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ヴァンは優しさと鋭い知性を備えた心の強い青年。罪を着せられる危機に瀕しながらも冷静さを失うことなく、もつれた糸を解いていきます。
例によって、オーウェンが役柄に自分の個性を見事に溶け込ませた典型ですね。
・ヴァンは「身に覚えがない」と言っている
・ヴァンは薬を盛られている
・銀のボトルに毒物を入れた形跡がない
・オーウェンはヴァンが殺人犯であることを忘れていた
ヴァンが殺人犯でないと分かると、この映画のストーリーは単調なものから一気にミステリアスな謎を帯びたものに変貌します。
「誰が犯人なのか?」
「なぜヴァンは罪を着せられそうになったのか?」
「被害者は何の基準で選ばれているのか?」
さあ、ここはあなたの腕の見せどころ! 探偵になったつもりでこの映画の事件を組み立て、推理してみてください。
次回は一緒に謎解きをしていきましょう。
つづく➡