「オーウェンにもちょっとは目立つアクションを!」ジャッキーの提案|『シャンハイ・ナイト』解説⑤
『シャンハイ・ナイト』解説5回め、最終回です。思ったより長くなってしまいましたね。
もう少し撮影エピソードを話して、この映画を締めくくることにしましょう。
🌃映画『シャンハイ・ナイト』あらすじと予告編🌃
Photo by Touchstone Pictures, viaplay
ジャッキー・チェンとオーウェンがコンビを組んだ、あの『シャンハイ・ヌーン』の続編です。ロイ(オーウェン・ウィルソン)とチョン(ジャッキー・チェン)がロンドンで活躍するストーリー。
今回はチョンの妹リン(ファン・ウォン)とロイのロマンスも繰り広げられて、前作より華やかさが目立ちます。
『シャンハイ・ナイト』あらすじ
予告編
これまでの記事
キャストは第1回の登場人物(キャスト)をご覧くださいね。
🌃オーウェンのアドリブ&名演(後編)🌃
では、この前の続きを書いていきましょう。ただし、今回は「オーウェンらしいかどうか」で測れる話題ではないので、見出しの色は区別せず、一貫してロイヤルブルーを使いますね。
Photo by Touchstone Pictures, tumgir
ラズボーンの小屋を脱出してから川に沈められそうになるまでの間のシーンは、オーウェンのアイディアから発展したもの。
当初の予定では小屋の脱出からロンドン塔へ移り、そこでまたアクションシーンが繰り広げられることになっていました。が、これでは観客が疲れてしまうという理由で、小休止のシーンが挿入されたのです。
7.「ロイ・オバロニー」のギャグ
Photo by Touchstone Pictures, tumgir
リンとの結婚を本気で望むロイはチョンに、仲を取り持ってほしいと頼みます。しかし、チョンがリンに話すのは、何とロイの悪口!
前作ではチョンがロイの心ない言葉に傷つくシーンがあったのを覚えておいででしょうか? ほら、オーウェンが嫌がっていたあの場面です。
今回はあの逆バージョン。
チョン:いいか、リン。ロイはダメだ。あいつは酒は飲むし、タバコは吸うし、あげくにはギャンブルまでする。お金のために女と寝るし。
リン:そんなの信じないわ。私は彼の内面を知ってるの。ロイは心のきれいな人よ。
チョン:まだある。あいつは子供を作れない身体なんだよ。ヤッても空砲らしい。
リン:そんなこと言っていいの?!彼はあなたのお友達でしょうに!
チョン:まあ、確かにな。でも、あいつはほんとの友達じゃないよ。家族の前に連れていけるたぐいの友達とはほど遠いんだ。とにかく、あいつは嘘つきでね。俺はあいつをロイ・オバノンじゃなくてロイ・オバロニーと呼んでるんだ!
これはまあ、さんざんな言い方! 最後の「オバロニー」については、ちょっと説明が必要ですね。英語で《baloney》はホラ吹きの意味。字幕では「ロイ・オバカ」と訳されていました。
オバノンをもじったこの罵り言葉は、オーウェンとジャッキーの2人で考えついたそうです。
8.「僕のパズル箱が壊れちゃった。もう中身が読めない。」
Photo by Touchstone Pictures, moviestalk
さて、そっと様子を窺っていたロイは、とうぜん深く傷ついてしまいます。
ロイ:誰かから背中を刺された気分。(中略)ねえ、きみ、本当に僕をロイ・オバロニーって呼んでるの?
チョン:あっ、いや、そういう意味じゃなくて・・・。
ロイ:僕のパズル箱が壊れちゃった。もう中身が読めない。
このパズル箱も説明しないと、読者の皆さんを置いてきぼりにしそうですね。
パズル箱はチョンが父から譲り受けた遺品。パズルを解かないとフタが開かない仕組みになっていて、チョンはなかなか開けられません。
ロイのセリフは、このパズル箱になぞらえたもの。希望を失ったロイの悲哀が漂うシーンです。
ドプキン監督:オーウェンの表情がいいね。傷ついた気持ちがよく出ている。ロイがかわいそうになってしまうよ。
監督の言うとおり、ここはまさにオーウェンの本領発揮ですね。悪口を聞いてしまった時の腹立ちと悲しみ、夢を失った絶望感などをよく表現しています。
9.「僕はロイ・オバロニーさ! バカの中のバカだ!」
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脚本家たちは、前作のバスタブシーンが気に入っていて、本作でも何か賑やかな遊びの場面を欲しがっていました。が、なかなか名案が浮かばず・・・。オーウェンが彼らを手伝って考えた末に、やっと出てきたのが、
枕投げ!
娼婦との枕投げなんて、オーウェンにはまるで似合わないけれど、脚本家たちにとっては大助かりでした。
また、バスタブシーンとは違って、ただのお遊びの雰囲気では済まないシーンでもあります。
枕投げをしているロイは決して心中楽しくはありません。愛するリンに知られたくなかった過去を暴露され(しかも親友のチョンに!)、仲直りのつもりでチョンが娼婦たちを集めたのもバカにされた気がしています。
ロイ:僕はロイ・オバロニーさ! バカの中のバカだ!
ゲラゲラ笑いながらこう叫ぶのは、ロイの自暴自棄な感情の表れでしょう。オーウェンは時々情緒不安定になって、異常にはしゃぐことがありますから、その意味ではイメージが重なる面もありますね・・・。
ちなみに、この場面は羽根が飛び散るので、撮影はあまり心地よくはなかったそう。
ジャッキー:全然楽しくなかったね。羽根が喉や鼻に入ってさ、テイクごとにみんな咳き込んでばかりだったよ。
撮影についてはもうひとつエピソードを。
この枕投げのシーンで、オーウェンとジャッキーに混ざって、もうひとり正体不明のおじさんが出てきますよね? あれは助監督。オーウェンとドプキン監督が思いついて引っぱりこんだそうですよ。
10.「やめろ! 彼女を下ろせ!」
Photo by Touchstone Pictures, deep-focus
ラズボーンに捕らえられ、リンは体を上下に引っ張られる拷問を受けます。その光景を見せつけられたロイが取り乱し、必死に嘆願するシーン。オーウェン本来のシリアスな演技力が活きています。
ロイ:やめろ! 彼女を下ろせ! 早く! 下ろせ!(中略)頼むからやめろって! いったい何のつもりなんだ? これじゃまるで獣みたいだ。
監督から「オーウェンはすっかり役になりきって素晴らしかった」と評価されたとおり、オーウェンの表情は真剣そのもの。恋する女性を痛めつけられて、無力ながら必死に救おうとする雰囲気がよく出ています。
Photo by Touchstone Pictures, villains
一方で、ラズボーンの嘲りに対してしっかり言い返すのもオーウェンらしいところ。
ロイ:僕の個人攻撃はやめろよ。僕だってきみの批判はしてないだろ? 青白い顔が気持ち悪いとも、話し方がイラッとくるとも言ってないよ。それから、あのイヤらしいセックス本のコレクションも不潔にしか思えないけど、それも非難してない。
否定形でぜんぶ言ってしまうのが笑えますね。1つのシーンでシリアスとコミカルを自然に融合させるオーウェンの才能はさすがだと思います。
ところで、この場面で不思議なのは、拷問されるリンを見てロイは取り乱すのに、チョンはまったく無反応であること。これはいったい何なのでしょう? 腑に落ちません。
11.撮影中に笑いの発作を起こした?
Photo by Touchstone Pictures, multishare
今度は完全な撮影エピソード。逆さ吊りの処刑を何とか免れたロイとチョンがドイル警部の元に逃げ込んだシーンを撮影中、オーウェンは急に訳もなく笑い出し、しばらく止まらなくなってしまいました。
『エネミー・ライン』の記事でも書いたように、オーウェンは病的にはしゃぐことがあるのですが、この時はその発作がまともに表面化したよう・・・。
彼が異常に笑うのは、精神の苦痛が限界を越している時です。笑い出したのは、ドイル警部が「本当は刑事なんかなりたくなかった。私の夢は小説家になることなんだ」と言うシーン。
オーウェンがもともと小説家を目指していたのはご存知でしょうか? 彼は大学で文学を専攻し、文学の博士号まで取得しているんです。
「小説家か脚本家になり、30までに結婚して、あまり注目されない幸せな生活を送る」というのが、若いころのオーウェンの夢。
けれども、実際には映画の世界に足を踏み入れ、自分の意に沿わない役ばかりを演じる羽目になりました。
ドイル警部のセリフが引き金になって、オーウェンがヒステリックに笑い出したのも分かるでしょう。自分の誤ったイメージが広まることに屈辱を覚えていたオーウェンはここで心理的に爆発してしまったのです。
12.オーウェンにカンフーシーンを締めさせたジャッキーの気遣い
Photo by Touchstone Pictures, forocoches
これも制作上のエピソード。市場でチョンがならず者と戦うシーンの最後、ロイは悪党の一人を地面に叩きつけてチョンの帽子を取り返します。
ロイに帽子を取らせるアイディアは、現場でジャッキーが思いつきました。
ジャッキー:俺が市場の乱闘を撮影中にちょうどオーウェンが来たから、ひょいと思いついてやってもらったんだ。彼にもちょっとくらい目立つアクションさせてもいいだろ?
少しでもオーウェンが活躍できるシーンを作ろうと気遣うなんて、やはりジャッキーは親切ですね。
Photo by Touchstone Pictures, tumgir
しかし、宙に飛ぶ帽子をさっと掴むのはオーウェンにとって簡単ではなかったようで、何度も撮り直す羽目に・・・。足りない時間の中で失敗ばかり繰り返し、オーウェンはイライラしたようです。
メイキング映像にも、ジャッキーから「(帽子を)落としたよ」と言われて、オーウェンが「本当? 滑ったんだもん!」と半ばスネたように返答する部分が収められていました。ジャッキーは面白そうに笑っていましたが・・・。
でも、最後には成功したようで、本編を見るとオーウェンの帽子キャッチはちゃんとキマっています。
🌃『シャンハイ・ナイト』①〜⑤までのまとめ🌃
これで『シャンハイ・ナイト』のお話は終わりにしましょう。かなり長くなりました。お疲れになったでしょうか?
思いつくままに書いていったので、バラバラに話が飛んだ印象を与えたかもしれません。
ざっと話の要点をまとめておきますね。
☑ ギャグやパロディが満載で楽しい映画。
☑ 逆さ吊りなど、オーウェンの負担は大きかった。
☑ ロイ・オバノンのモデルはワイアット・アープ
☑ 映画にはオーウェンのアイディアがたくさん盛り込まれている。
まだ観たことはない方はもちろん、1度ご覧になった方もぜひ撮影エピソードを知ったうえでご覧になってみてください。新たな気づきもあるかもしれませんよ。
🌃『シャンハイ・ナイト』を配信しているところは?🌃
残念なことに、この映画は現在(2021年10月時点)Amazonプライムでは取り扱っていません。
dTV
dTVでは、見放題で配信されています。
DVD
現在廃盤で、中古品でしか手に入れることができません。