ロイ・オバノンの正体はワイアット・アープ?! ― 映画『シャンハイ・ナイト』解説③
『シャンハイ・ナイト』の解説その③に入りましょう。
第1回ではこの映画に出てくる様々なパロディを紹介し、2回目の記事ではオーウェンが耐えた撮影の試練についてお話ししましたね。
今回の記事は、ちょっと逆戻りするのですが、またパロディを見つける回。本当は撮影エピソードについて語るつもりでしたが、その前にもう1つお話ししておきたいことがあったので・・・。
ドイル警部、チャーリー・チャップリン、切り裂きジャック、といろいろな人物がでてくる『シャンハイ・ナイト』。
でも、いちばん謎の多い登場人物はオーウェン演じるロイ・オバノンです。素性のはっきりしたチョンと比べても、生い立ちや家族がいっさい不明。いったい、彼はどういう生まれなのでしょうか?
Photo by Touchstone Pictures, tumgir
先に言っておくと、この点に関して完璧な結論はお伝えできません。モデルとなった実在の人物を挙げることはできますが、ロイとしての生い立ちはあくまでも謎として残ります。
🌃映画『シャンハイ・ナイト』あらすじと予告編🌃
Photo by Touchstone Pictures, viaplay
ジャッキー・チェンとオーウェンがコンビを組んだ、あの『シャンハイ・ヌーン』の続編です。ロイ(オーウェン・ウィルソン)とチョン(ジャッキー・チェン)がロンドンで活躍するストーリー。
今回はチョンの妹リン(ファン・ウォン)とロイのロマンスも繰り広げられて、前作より華やかさが目立ちます。
『シャンハイ・ナイト』あらすじ
予告編
🌃ロイ・オバノンは謎だらけ!ほんとうは何者なのか?🌃
『シャンハイ・ヌーン』で列車強盗の首領として登場し、仲間に裏切られてからはチョンと行動を共にするロイ。
Photo by Touchstone Pictures, tumgir
しかし、ロイは西部の荒くれ男にしては矛盾するところがたくさんあります。
例えば、
・銃もギャンブルも下手すぎる
・泥棒のわりに盗み方をまったく知らない
・言葉遣いが都会人
・上流階級の知識を持っている
製作者たちも矛盾は分かったうえでストーリーを構成しています。つまり、ロイの「カウボーイらしくないカウボーイ」はわざとなんですね。
では、ロイ・オバノンって何者? 『シャンハイ・ヌーン』と『シャンハイ・ナイト』の両作品から、ロイの素性に触れている部分を抜き出してみますね。
「列車で会った時、君を撃ち殺すこともできたけど、僕はしなかった。僕は野蛮人じゃないんだよ!」
『シャンハイ・ヌーン』で、生き埋めにされたロイがチョンに訴えるセリフ。
チョンはロイの子分に叔父を殺され、それをロイの命令だと勘違いしていますが、実はロイはまったくの無実。ロイが埋められたのも、その子分のせいでした。
Photo by Touchstone Pictures, movieactors
このシーンがいかにオーウェンにとって大変だったかは、『シャンハイ・ヌーン』の解説をお読みください。
さて、このセリフで面白いのは、ロイが「野蛮人ではない」と言っていること。英語では「I'm not a barbarian」ですが、この言い方は「性格が野蛮でない」という意味だけではなさそう。
わざわざ《a barbarian》と名詞を使っているので、「そもそも自分は盗賊ではない」と言っているようにも聞こえるのです。字幕では「僕は文化人だ」と訳してありましたが、確かにニュアンスとしては適切だと思いますね。
このブログで字幕を褒めたのは初めてですが・・・。
「僕の周りにはいつもひどい連中しかいなかった。でも、きみは違う。目に高貴さが現れている。」
さっきと同じく『シャンハイ・ヌーン』からのセリフ。実はチョンとロイの友情は、ロイが積極的に友好を示したところから始まっています。
Photo by Touchstone Pictures, tumgir
このセリフには、ロイの「汚れた生活から抜け出したい」という気持ちが込められていますが、「どうしても荒くれ男の生活に馴染めない」と言っているようにも聞こえます。
さらに、このシーンでロイはかなり知識人のようなことを言い出します。
ロイ:きみたちの国には「カルマ」という言葉があるだろう? 僕たちが何回も出くわすのはカルマの縁があるからじゃないのかな。
「カルマ」というと宗教的に感じるでしょうか? しかし、人も動物も何度も生まれ変わっています。それを前提に考えれば「カルマ」の概念も難しくありません。
ここでロイが言っている意味を分かりやすく説明すると、⬇こんな感じになります。
前世でもロイとチョンは何らかの関わりがあった。その関係がポジティブかネガティブかは不明だが、2人は今生でも何らかの縁を築いていく運命である。
かえって分かりにくかったら、ごめんなさい。
字幕では単に「因縁」と訳してありましたが、個人的にはかなりガッカリする翻訳ですね・・・。
まあ、字幕への不満はともかく、西部のならず者らしからぬ深遠な言葉です。
「あれは絵の技術だよ。“ユビキタスの視線”とか“追う目”とか名前がついてるんだ。」
これは『シャンハイ・ナイト』。ラズボーンの館で盗まれた龍玉を探しはじめたチョンとロイ。しかし、途中でチョンは絵の中の目が動いていることに気づいて、狼狽します。
ロイはチョンをなだめて、絵画に関する知識を披露。「何だか気になるとは思うけど、心配ないよ」と付け加えます。
さっきのカルマの話に続いて、ロイに教養があることを示すシーンです。
Photo by Touchstone Pictures, presseportal
製作上の話になりますが、この場面はオーウェンが脚本を読んだ時「目が動く絵」に興味を持ったことで出来上がったそうですね。
ドプキン監督:オーウェンは好奇心を見せて、「専門的には何と言うのか」としきりに知りたがった。製作スタッフに詳しい人がいてね、オーウェンに教えてやったら、彼はさっそく映画のシーンに取り入れたんだ。西部のならず者が芸術に詳しいなんてビックリだろ?
監督も言うとおり、ロイの人物像の謎を深める要因をプラスしていますが、興味深いシーンです。
字幕ではオーウェンがせっかく取り入れた用語が省かれていて、残念ですが・・・。
「どうしても分からない。なぜ西部でこんなことをしているのか・・・。僕は一人ぼっちのクズ男だ。」
『シャンハイ・ヌーン』のバスタブシーンで、ロイがふと虚しい気分に襲われた時のセリフ。「こんなこと」というのは、悪い仲間と盗みを働いたり、売春に溺れたりするロイの生活ぶりを指しています。
Photo by Touchstone Pictures, tumgir
楽しんでいる最中に自分の生き方に疑問を持つのは、数年後の『ウェディング・クラッシャーズ』で、さらに発展した形で登場しています。
しかし、『クラッシャーズ』のジョンと違い、ここでのロイは自分の素性に疑問を投げかけているよう。「なぜ自分がこんな環境にいなくてはならないのか」自問しているのですね。
「僕はね、心のきれいな女性と結婚したいんだ。それから、たくさん子供をつくって、大切な価値観を教えたい。」
『シャンハイ・ナイト』でホテルのウェイターとして働くロイは、悲しげに温かい家庭への憧れを吐露します。
Photo by Touchstone Pictures, imdb
さっきのバスタブシーンと同様に、ロイが自分の生活に満足していないことを露わにする場面ですね。
ロイがチャラチャラした言動とは裏腹に、心の中は非常に真面目であることを感じさせる大事なシーンでもあります。
🌃ロイの正体は保安官のワイアット・アープ!🌃
さて、ここまで長々とロイの言動を観察してきました。では、その正体は・・・
「僕の本名はワイアット・アープなんだ。」
実は、答えはちゃんと『シャンハイ・ヌーン』の最後に出てきているんです。そう、ロイ・オバノンは偽名で、本当の名はワイアット・アープ!
Photo by The Sun, sbsun
ワイアットは映画にもなったアメリカの有名な保安官。時には法破りなことをしながらも、ならず者ばかりだった西部の秩序を守り、英雄と讃えられています。
ワイアット・アープについて詳しく知りたい方は⬇こちらの記事をどうぞ。
OK牧場の決闘=ロイとネーサンの決闘
ワイアットで最も有名なのが、無法者のカウボーイたちと戦った「OK牧場の決闘」。この時の戦いは激しく、次々と死者・重傷者が出る中、ワイアットにはただの1発も当たりませんでした。
Photo by Touchstone Pictures, thewilsons
『シャンハイ・ヌーン』のラストで、ネーサンが発泡する銃弾が雨あられと飛んでくるのに、ロイにはかすり傷さえ与えなかったのを覚えていますか? あれは、OK牧場のエピソードが元になっていると思われます。
ロイとチョンはワイアット・アープとジョン・ウェイン
『シャンハイ・ナイト』の最後、ロイはチョンに「ハリウッドで映画を作ろう」と誘いますよね? これも史実のアレンジで、実在のワイアットも晩年はハリウッドで映画に熱心でした。
Photo by reddit
Photo by Touchstone Pictures, jame
ワイアットが決闘の演技を教えた俳優の中にジョン・ウェインがいたそう。チョン・ウェンという名前は、この有名な西部劇スターのパロディです。
もっとも、実際のジョン・ウェインには中国人の血は入っていませんが・・・。
ワイアットの性質とロイの気質は異なる
ロイがワイアット・アープから派生したのは間違いありませんが、生い立ちや性格はもちろんまったく違います。
実在のワイアットは荒くれ男の典型で、教養とはほど遠かったようですし、かなり怒りっぽかったとも言われています。
でも、映画のロイはフレンドリーで、明るい外見の下に悲しみを秘めている人物。
Photo by Touchstone Pictures, tumgir
どうもスッキリしない解説になってしまいましたね。でも、ロイ・オバノンはどこまでも謎が残るキャラクターなのです。
本名がワイアット・アープでも、ロイの人生はまったく別のもの。いくつかの描写から察すると、「ロイは良家のお坊ちゃまで、幼少期に盗賊にさらわれた」と考えるのが自然かもしれません。
最後は憶測になってしまいました。
『シャンハイ・ナイト』、撮影エピソードがまだ残っているので、もう少し続けますね。
🌃『シャンハイ・ナイト』を配信しているところは?🌃
残念なことに、この映画は現在(2021年10月時点)Amazonプライムでは取り扱っていません。
dTV
dTVでは、見放題で配信されています。
DVD
現在廃盤で、中古品でしか手に入れることができません。